もしも安斎都がシンデレラだったら

昔々、あるところにシンデレラという少女が探偵事務所を構えていました。
少女のところにやってくるお仕事は少なく、逃げた猫探し程度が関の山でした。ですが、少女はどんなお仕事でも一生懸命にこなして日々を過ごしていました。

あるとき、事務所に一通の手紙が届きました。
『今夜12時 王子の大事なものを頂きます』
仕事の依頼かと思って封を開けた少女はびっくり、なんとそれは予告状だったのです!
少女は困ってしまいました。ここはお城ではありません。郵便事故かと思いましたが、切手が張られていないことに気付きました。ということは直接投函されたということです。
「これは…この私への挑戦状ですね!」
今夜はお城では舞踏会が開かれているはず。おそらく犯人はその中に紛れているのでしょう。
ひとまずシンデレラは警察に向かいました。大事なものが具体的に何か分からない以上、人手が必要だと判断したのです。


シンデレラは肩を落として歩いていました。警察では思った成果を上げられなかったのです。
対応してくれた胸の大きい婦警さんは警備に人を回してくれると約束してくれましたが、ついでにお城に入る許可証も貰えないかと聞いたら見事に断られたのです。
さすがに一探偵がアポも取らずに入れてもらえるわけはありませんし、易々と忍び込めるほどお城の警備もザルではありません。そもそもさっき警備の増員を掛け合ってきたばかりです。自分で増員をお願いしておいてそれに捕まったとあってはギャグにすらなりません。
事務所に戻ってきたシンデレラは深い溜め息を吐きました。もうお城では舞踏会の始まる時間です。シンデレラにはもう打つ手はありません。後は警察が犯行を阻止してくれることを祈ることだけでした。
シンデレラの目に涙が浮かび、流れ落ちていきます。
無力な自分が情けなくて。予告状の挑戦に対して応えられないことが悔しくて。
自分がもっと有名だったなら、警察から紹介状を出してもらえたかも知れない。お城の警備も顔パスできたかも知れない。そう考えると、悲しくてしょうがなかったのです。


そのとき、誰かが事務所のドアをノックしました。
シンデレラは袖で涙を拭うと、返事をしながらゆっくりとドアを開きました。
「こんばんは、シンデレラ。…お邪魔だった?」
そこに立っていたのは近所に住む同い年の少女でした。ふんわりとした雰囲気で、良い娘と評判です。ですが、今日はちょっと様子が違いました。
「い、いえ、そんなことはないです。それにしても、その格好は…」
今日は舞踏会。招かれた少女達は精一杯のおめかしをしてお城に行っているはず。なのに少女は黒いドレスに黒いマント、それに先の尖った帽子。
「ふふっ、今日の私はね、魔女なの」
屈託なく笑う少女に、シンデレラはどう答えたものか迷いました。その格好は魔女そのものですが、童話の中の呪いを振りまくような魔女だとは思えなかったのです。
「お城に行きたいんだよね?」
頷いたシンデレラに、少女はステッキを取り出すと魔法を唱え始めました。するとどうでしょう、野暮ったかった服装がまるでアイドルと見紛うようなすてきな衣装に変わったのです。シンデレラも驚きを隠せません。
「あなたは、一体…」
「言ったでしょう、魔女だって。あとこれも、はい」
手渡されたのはお城からの招待状。
「私宛てだけど、今日は都合が悪いから。だから代わりに、ね」
これでお城に入ることができる。シンデレラの胸は高鳴りました。
「そうそう、魔法は12時になったら消えちゃうから、気を付けてね?」
「わかりました、それじゃ…行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
駆けていくシンデレラを、少女は小さく手を振って見送りました。馬車の事を忘れていたのを思い出すのはもう少ししてからでした。


シンデレラがお城に着いたのは、パーティーもたけなわとなった頃でした。
会場はシンデレラの目から見ても魅力的な少女や女性がいっぱいで、気後れしてしまうほどでした。
たくさんの少女たちは、ここで王子からダンスに誘われるのを待っているのです。
シンデレラは挙動不審な人物がいないかと目を光らせていましたが、どう見ても本人が一番挙動不審でした。
やがて、王子がやってくると…シンデレラの前で歩みを止めました。
「お嬢さん、私と踊っては頂けませんか?」
シンデレラは困りました。ダンスをしていては犯人を捜すヒマがなくなってしまいます。しかし、犯人の狙いは王子の大事な物。そばにいれば何かあってもすぐに行動できるだろうと考えると、承諾しておいた方が良いと判断しました。
王子と踊っている間も、シンデレラは抜け目なく周囲を観察していましたが、怪しいものは何も見当たりません。時間ばかりが過ぎていきます。
やがて、12時を告げる鐘が鳴り始めました。
「しまった、私としたことが…!」
少なくとも王子の周りに犯人らしき人影はない。ということは犯人の狙いは別。シンデレラは駆け出しました。
「あっ、何処へ行くのです!?」
王子もシンデレラの後を追います。階段を駆け下りる二人。そのとき、12時の鐘が鳴り終わり…全ての明かりが消えました。続いて重量物の落ちる音。揺れる床。悲鳴。叫び。会場は一瞬にしてパニックです。
「みなさん!動かないでください!」
凛とした声が会場に響くと会場は多少落ち着き、予備の照明が付くと何が起きたのかはっきりと分かりました。
ダンスホールのシャンデリアが、無残な姿を床に晒しています。
「危なかったですね。あのまま踊っていたら…恐らく即死だったでしょう」
そこにいたのはさっきまでのドレスに身を包んだ少女ではありません。
「き、君は…」
「私は探偵です。犯人は…この中にいます!」



続かない